デュッセルNEWS　2023年10月号

【常識の賞味期限】

太宰治によると、昔は、「ひや酒は、陰惨極まる犯罪とせられていたわけである」とのこと。日本酒というものは燗をつけ、お酌をさせつつチビチビ飲むもので、お猪口を一気に干そうものなら心ある人は眉をひそめ、ましてや手酌でコップ酒をぐいっといこうものならこれはもう立派にスキャンダル、という時代があったようです。

太宰がはじめて冷や酒を飲んだのは25歳のとき、1933年か34年、昭和ひとケタの時代。高校から飲んではいても、まだ冷やは主流ではなかったと窺えます。変われば変わるものだと書いている彼に、「いまではもう熱燗は、ちょっとお酒がもったいない感じだよ」と伝えたら苦笑するでしょうか。

さて10年ほど前つまり平成、ある冬の日の客先訪問に、部下がもこもこのムートンブーツを履いてきたとキレていた同僚がいました。大変だったねえと笑いながらも、「実際なんでダメなんだろう、説明難しいよな」と印象に残りました。その後弊社に来て、ジーンズが普通だったのに「おや」と驚き、嬉々としてなじみ、その後のコロナでこのあたりの「一般常識」は一気に変わりました。

アインシュタインによれば、“Common sense is the collection of prejudices acquired by age eighteen.”　「常識とは、生まれてから18年の間に堆積した一連の偏見である」。歴史的な「事実」を見ても、鎌倉幕府の成立は1192年から1185年になったし、士農工商は序列の身分制度ではなく、教科書から言葉が消えています。

とはいえ、「だってそんなの当たり前じゃん！」と口に出してしまいそうになることはあります。そんなときに、開いた口をゆっくり閉じながら考えてもいいかなと思います。私たちが思っているより、「常識」の有効範囲はせまく、賞味期限は短い。「常識ほどすぐ変わるものを俺は知らないよ」というCMも印象的でした。

それにしても、なぜ日本酒をわざわざ温めるのが主流だったのか。ちょっとネットで調べたくらいではわからなかったので、詳しい方はぜひ教えてください。太宰のエッセイはこちらに収録されています。
世界ではまた争いが火を噴き、やりきれないニュースが続きますが、なるべく心平らかに過ごしたいものです。

 

メッセ・デュッセルドルフ・ジャパン

代表取締役社長　小原暁子